大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所松江支部 昭和43年(ネ)12号 判決 1973年3月14日

控訴人 毛利節夫

右訴訟代理人弁護士 上原隼三

被控訴人 毛利輝夫

右訴訟代理人弁護士 多田紀

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金一五万六三六〇円およびこれに対する昭和四二年一〇月二五日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決は、第二項に限り、被控訴人において仮に執行することができる。

事実

(申立)

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(主張)

被控訴代理人は、請求の原因として、

被控訴人は昭和三七年一一月一日父毛利由太郎からその所有の米子市長砂町九八五番の一、山林二九三五・五三七平方メートル(二反九畝一八歩、以下本件山林という)の贈与を受けてその所有権を取得した。しかるに、控訴人は昭和四二年四月一五日から同年一〇月八日までの間三回にわたり右山林の土砂を搬出して第三者に売却したが、その量および時価は、(イ)トラック二七二台分、一台分の時価三〇〇円(合計八万一六〇〇円)、(ロ)五三六立方メートル、一立方メートル当りの時価一四〇円(合計七万五〇四〇円)、(ハ)三一二立方メートル、一立方メートル当りの時価一四〇円(合計四万三六八〇円)である。従って、被控訴人は、控訴人の右土砂の搬出、売却処分により、右土砂に対する所有権を侵害され、その時価合計額二〇万〇三二〇円相当の損害を蒙った。よって控訴人に対し、右損害額の内金二〇万円およびこれに対する本件不法行為の後である昭和四二年一〇月二五日から支払いずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と陳述した。

控訴代理人は、右請求原因に対する答弁および抗弁として、

一、本件山林がもと被控訴人の父毛利由太郎の所有であったこと、は認めるが、その余の事実は否認する。被控訴人は昭和四二年一一月三〇日由太郎より贈与を受けてその所有権を取得したものであり、同日以前に所有権を取得したことはない。仮に同日以前に所有権を取得したとしても、その旨の登記がないから所有権の取得をもって控訴人に対抗できない。

二、(一) 控訴人は昭和四〇年五月被控訴人より本件山林を代金四〇万円、代金完済前と雖も土砂を採取することができるとの特約のもとに買い受けた。

(二) 被控訴人は昭和三五年頃訴外平尾定太郎に対し、本件山林の土砂を一ヶ年の代金五万円という安値で売却し、搬出させていたので、控訴人は被控訴人のために骨を折って右不利益な契約を解約せしめた。そこで被控訴人はその謝礼として控訴人に対し、その営業上必要な本件山林の土砂を無制限に贈与し、その搬出処分を許した。

右(一)(二)の理由により、控訴人が本件山林の土砂を搬出、売却してもなんら違法ではない。

と陳述した。

被控訴代理人は、原審第一回口頭弁論期日において「被控訴人(原告)は控訴人(被告)に対し昭和四〇年五月本件山林を代金四〇万円で売買した。」と陳述したが、当審第三回口頭弁論期日において「右売買契約の目的物は本件山林ではなく、その土砂である。」と訂正陳述したほか、控訴人の抗弁に対する答弁および再抗弁として、

一、控訴人との間の売買契約は、控訴人が手附金二万円を除く残代金三八万円を支払わないので、被控訴人において昭和四二年三月三日付内容証明郵便をもって右残代金の支払催告および条件付契約解除の意思表示をなし、右通告書が控訴人に送達された後相当の期間の経過によって右契約解除はその効力を生じた。

二、訴外平尾定太郎との解約に当って控訴人が仲介の努力をしたことは認めるが、その謝礼として本件山林の土砂を控訴人に売却したとの点は否認する。

と陳述した。

控訴代理人は「被控訴人の前記主張の訂正につき異議がある。」と述べたほか、被控訴人の再抗弁に対する答弁および再々抗弁として、

被控訴人より契約解除の意思表示があったことは認める。しかし、控訴人は本件山林の売買代金四〇万円のうち契約成立当時手附金として二万円、昭和四一年六月頃内金として三万円を支払ったほか、昭和三七年頃被控訴人の亡母の治療費として五万円を貸与し、同年五月頃被控訴人より水田を買い受け、その手附金として二万円を支払ったが、被控訴人が右水田を他へ売却して控訴人との契約を破棄したので、控訴人は右手附金の倍額である四万円の返還請求権を取得した。そこで右各債権をもって本件山林の売買代金債務と対等額で相殺する。また本件山林の売買代金の支払いと所有権移転登記とは同時履行の関係にあるところ、被控訴人は前記残代金の支払催告と条件付契約解除の意思表示をするに当り、本件山林の所有権移転登記手続の準備を完了していなかった。以上の次第であるから、被控訴人の契約解除の意思表示はその効力を生じない。

と陳述した。

被控訴代理人は、控訴人の再々抗弁に対する答弁として、

本件山林の土砂の売買代金のうち手附金二万円の支払いがあったことは認めるが、その余の内金の支払いおよび相殺の自働債権の存在はすべて否認する。なお水田の売買の手附金は三、〇〇〇円であったが、売買契約を合意で解約する際、これを控訴人に返還した。また被控訴人と控訴人との間の売買は土砂の売買で、地盤の売買ではないから、契約解除に当り所有権移転登記手続の準備をする必要がない。

と陳述した。

(証拠)≪省略≫

理由

一、本件山林がもと被控訴人の父毛利由太郎の所有であったことは当事者間に争いがなく、登記官吏作成部分の成立については当事者間に争いがなく、その他の部分の成立については≪証拠省略≫によれば、被控訴人は昭和三七年一一月一日右毛利由太郎から本件山林の贈与を受け、昭和四二年一一月三〇日所有権移転登記を了したことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

また、≪証拠省略≫によれば、控訴人は昭和四二年五月六日から同月二〇日までの間に本件山林よりトラック二七二台分の土砂を搬出して訴外入江寛に八万一六〇〇円で売却し、同年同月一八日から同月二三日までの間に同じく五三六立方メートルの土砂を搬出して訴外米子製綱運輸株式会社に七万四七六〇円で売却したことが認められるが、その余の土砂の搬出、売却についてはこれを認めるに足りる証拠がない。

二、ところで、控訴人は、右土砂の搬出売却は、控訴人が被控訴人より本件山林を買い受けたことにもとづくものであると主張するので、この点について判断する。

≪証拠省略≫によれば、控訴人は昭和四〇年五月従兄弟にあたる被控訴人から口頭の契約により本件山林を代金四〇万円で買い受け、契約と同時に手附金二万円を支払った事実を認めることができ、土砂のみを目的とした売買であったという≪証拠省略≫は、本件審理の推移に照らしたやすく措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

次に、被控訴人が昭和四二年三月三日付内容証明郵便をもって控訴人に対し右売買契約の残代金三八万円の支払催告と条件付契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがないところ、右解除の効果について争いがあるので、以下判断する。

控訴人の右売買代金内金の支払いおよび相殺の主張に関しては、前記手附金二万円の支払いの事実を除き、その余の内金の支払いおよび相殺の自働債権の存在に関する≪証拠省略≫はたやすく措信できず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠がないのみならず、右契約解除の意思表示のなされる前に相殺の意思表示がなされたとの主張、立証がないところ、契約解除後になされた相殺の意思表示は遡って契約解除の効果を覆えすことはできないものであるから、代金の内払いおよび相殺によって契約解除の効果を争う控訴人の主張は失当である。

また被控訴人の前記契約解除の意思表示に当って控訴人に対し所有権移転登記手続の履行の提供がなかったことは被控訴人の明らかに争わないところであるが、しかし、≪証拠省略≫によれば、控訴人は土建業を営むもので、その営業上の必要と第三者へ売却するための土砂を採取する目的で本件山林を買い受けたものであり、売買契約成立後直ちに本件山林の引渡を受けて土砂の搬出に着手した事実ならびに本件山林の売買契約には代金の支払時期に関して特段の定めがなかった事実を認めることができ、また≪証拠省略≫によれば、控訴人は被控訴人に対しその前記残代金の支払催告を受けるや、同年同月四日付内容証明郵便をもって所有権移転登記を要求することなく、残代金の支払を拒否する旨の回答書を送達したことが認められ、これらの事実によってみれば、被控訴人は本件売買契約成立後直ちに右契約の重要部分である本件山林の引渡手続を了したのであるから、その後約一年一〇月を経過した後においてなされた被控訴人の残代金の支払催告に対し、控訴人がこれを拒否することは、控訴人において当時被控訴人に対し所有権移転登記手続の履行を要求し、被控訴人がこれを正当な理由なくして拒否しているなど特段の事実が存しない限り許されないものというべきであり、右特段の事情はなんらこれを認めるに足りる資料がないから、被控訴人の前記条件付契約解除の意思表示を伴う支払催告書が控訴人に到達した(右三月四日ごろ)ことにより付遅滞の効力を生じその後相当の期間の経過によっておそくとも同年四月一五日までには前記売買契約は解除されたものと認めるのが相当であり、他に以上の認定を左右するに足りる的確な証拠はない。

三、次に控訴人は、被控訴人の訴外平尾定太郎に対する本件山林の土砂の売買契約を解約せしめるのに仲介の努力を尽したので、その当時被控訴人より本件山林の土砂の贈与を受けたと主張するところ、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は昭和三五、六年頃訴外平尾定太郎に本件山林の土砂を採取期間一ヶ年、代金五万円の約で売却したところ、控訴人が仲介の労をとり、中途で右契約を解約せしめたことが認められるが、しかし≪証拠省略≫によっても、右の主張事実は認めることができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

四、以上の次第で、控訴人の各抗弁はいずれも理由がなく、また所有権移転登記による対抗要件を具備していないことは、所有権侵害を理由とする不法行為の成立に影響しないものと解されるから、控訴人が上記の売買契約解除の後に本件山林の土砂を搬出売却したことは、被控訴人の所有権を侵害する不法行為となるべきものであり、その損害額は前記認定のとおり控訴人が訴外入江寛および訴外米子製鋼運輸株式会社に売却した土砂の代金合計一五万六三六〇円相当額と認められるので、被控訴人の本訴請求は右金一五万六三六〇円およびこれに対する控訴人が本件山林の土砂を搬出売却した後であり、かつ被控訴人と控訴人との間の前記売買契約が解除された後である昭和四二年一〇月二五日より支払いずみに至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においてこれを認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきである。よって本件控訴は一部その理由があるので、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊佐義里 裁判官 後藤文彦 小川英明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例